川端康成『新文章読本』

 「言葉は人間に個性を与えたが、同時に個性をうばった。一つの言葉が他人に理解されることで、複雑な生活様式を与えられたであろうが、文化を得た代わりに、真実は失ったかも知れない。言葉の理解は人と人との契約による。言葉を表現の媒材とする小説は、故に『契約芸術』の哀しい宿命を持たされているともいえようか。いかように表現様式を確信しても、言語や文字ではついに完全な自由な表現を得ずに制約されている人間が、束縛者である文字や言語に対して、自由と解放を求めて拮抗してきた歴史が、文学上の新境地の開拓の歴史であったということも出来よう。」

遁走、遁走!